役者にとって、きれいな顔は武器になる。ましてや、女形であれば、きれいな顔はそれだけで人気の源にもなろう。だが、女形の名優小野川万菊は、言う。

「でも、あれですよ。役者になるんだったら、そのお顔は邪魔も邪魔。いつか、そのお顔に自分が食われちまいますからね。」(94回)

 
顔の美しさは、喜久雄にとって諸刃の剣になるのだろうか?
 
 同じように、喜久雄の初舞台の経験はプラスともマイナスともとれる。
 初舞台で、「幸福とでも言うのでありましょうか」というほどの感覚を味わえたのは、役者に適している証であろう。こういう感覚をもっているのは、喜久雄が役者になることを運命づけられたと、感じた。
 しかし、「人目を憚るほどの恍惚感」というのは、役者にとってどうなのか。舞台から得られる「恍惚感」は、観客にこそあってほしいものなのではないか?