朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第107回2017/4/20

 役者修行の前から、喜久雄は歌舞伎好きだった。そのことが、何となく腑に落ちなかった。私は、喜久雄と同年代だ。私が育った所は、東京や大阪からは遠く離れているが、それにしても周囲で歌舞伎に興味があるという話をするのは、ずっと上の年代の人たちだった。私の周囲の娯楽は、テレビ、映画が全盛の時代だった。
 今回の語り手が言うように、「当時の歌舞伎巡業というのはやはり厳しいもの」で、観客が、どんどん減っていったことが分かる。
 歌舞伎役者のスターといっても、映画やテレビの出演を通しての人気であって、歌舞伎で主役を務める役者の中のほんの一部だけが、世間一般に知られたのであろうし、それは現在も変わらないと思う。
 もしも、東一郎と半弥が芸能人として人気が出て、スターになるとしたら、歌舞伎以外の場所での活躍が必要になるのではないか。