朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第112回2017/4/25

 喜久雄は、歌舞伎をバカにされたことに腹を立てたわけではなかった。竹野の「悔しい思いで人生を終える」の一言に腹を立てたのだった。

 そう、父権五郎の最期が呼び覚まされたのでございます。

 権五郎が亡くなる六時間前の様子だった。意識の戻らない権五郎だったが、その大きな体は病院のベッドからはみ出すようだった。その大きな体が急に萎んだように見えた。
 喜久雄は、まじまじと権五郎の顔を見つめました。自分の父親が死ぬことが全く悲しくありませんでした。ただ、自分の父親が何かに負けて人生を終えることが悔しくて、涙があふれてまいります。(38回)38回感想

 この思いが呼び覚まされたに違いない。
 この時の喜久雄の心情は、彼の一生を左右すると感じる。