朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第118回2017/5/1

 権五郎を、辻村が撃った場面に居合わせたことは、記憶から消してしまいたい。権五郎や辻村につながる人とは一切関わりたくない。しかし、辻村から頼まれたことを断れば何をされるか分からない。
 辻村から頼まれた喜久雄を一端手元に置いてしまうと、喜久雄をなんとか立派な役者にしてやろうという思いがどんどん強くなる。それが、自分にできるただ一つの罪滅ぼしだ。また、喜久雄の稽古への励み方を見ると、教える方も熱が入ってしまう。そして、何よりも喜久雄の存在は、息子俊介のライバルとして役に立っている。
 
 半二郎の気持ちを、このように感じる。
 だから、マツからの仕送りを喜久雄のためを思って貯めていたのであろう。
 
 だが、金というのは恐いものだ。大金を持ったことのない喜久雄がこの金をうまく生かせるだろうか?