朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第15回2017/4/14 三鷹を取り戻す④

あらすじ
 貴志は、中学生の時以来の三鷹のスタジアムに来た。貴志が行かない間に、三鷹を応援する人々は増えていたし、スタジアム内の様子は賑わっていた。貴志は、試合が始まる前に食べようと、カルビ丼の行列に並んだ。その行列の中にバイト仲間の松下を見つけた。貴志に気づくと松下は声をかけて来た。松下は、戸惑う貴志を自分の席の隣に誘い、二人並んでカルビ丼を食べ始めた。
 松下は、実家の地元のクラブであるネプタの試合を何回か観に行っていた。しかし、サッカーに前から興味があったのではなく、ネプタの試合のタダ券をもらって観に行くまでは、サッカーには縁がなかったと言う。一度、ネプタのホームスタジアムに行ってから、「なんか楽しかったから」ネプタを応援するようになったと話した。
 一緒にカルビ丼を食べながら、松下は、「三鷹は強いなあ」と言った。貴志は、そんなことを言う人に会ったのは初めてだった。

感想
 中学校の同級生には、貴志は自分が三鷹を応援していることを隠していた。地元のクラブだが、弱いと思われているクラブを応援していることを知られたら、バカにされたり、攻撃されたりしそうだったからだ。
 今の中学生の気持ちがよく分かる気がする。学校で、貴志はいじめの対象になっているような子ではなさそうだ。でも、自分が目立つことをしないように、いつも気を遣っていなければならないのが、今の学校の現実だ。それは、学校だけでなく、職場やその他のコミュニティでも当てはまる。
 大学生になった貴志は、アルバイト先で、アルバイト仲間の中学校時代の同級生を警戒しながら付き合っている。以前から知っている学校友達に対しても、気を許せないから、バイト以外で会ったことのない松下に対しては、極力余計なことを言わないようにしていた。それなのに、スタジアムで隣の席に座り、今まで聞いたことのない「三鷹は強いなあ」と言われ、貴志は耳を疑った。
 貴志は、同じバイトで同じような年齢でも、なるべく近づかないようにするのが普通になっていた。
 
 確かに、いつの間にか、そういう人間関係づくりが当たり前になっている。これは、年齢やその集団によっても違いはあるが、今の社会に共通するものだと感じる。
 周囲の多数の人と違うものやことが好きな場合は、それを言うことをためらう。
 同じ仕事をしていて、同じような年齢の相手であっても、なるべく近づかないようにする。
 それが人間関係づくりの知恵になってしまっていると、感じる。