朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第121回2017/5/4

 繰り返しになるが、育ての母のマツは、「花井東一郎は私が育てた」と威張って言いたいがために、過去もプライドも捨てて、女中奉公している。
 歌舞伎界の大御所である花井半二郎は、俊介と喜久雄の大舞台を前にして、落ち着かず、思わず観客に注意までしてしまう。
 マツにとっても半二郎にとっても、喜久雄は血の繋がった子ではない。ましてや、半二郎にとっては、喜久雄はたかだかこの五年間、渋々預かった子だ。

 しばらくの間感じたことのないものを感じた。親の情だ。子を育てて湧いてくる情としか言いようがない。


 思わず振り返った半二郎、とうとう、

「……息子らの晴れ舞台やねん。しっかり見たってぇな!」