朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第123回2017/5/6

 歌舞伎に限らず、名門の御曹司の強みは生まれた時から、本物、それも一流のものに囲まれていることだと思う。
 俊介が育ってきた邸で、聞こえてくる三味線の音、義太夫の節回し、舞踊の所作、どれも当代の一流のものだ。自宅での稽古場にしても、間に合わせの場などではない。本人の才能だけでなく、才能を伸ばす環境が整えられている。
 だが、御曹司には強みだけでなく弱点もある。それは、皆から「俊ぼん」と大事にされ、苦労を知らないことだと思う。
 一方、喜久雄の強みは、何よりも持って生まれた才能と容姿だ。その才能に五年間の集中的な稽古が加わって、俊介と対等の人気を得ることができたのだろう。だが、どんなに稽古を積もうが、周囲の環境の面では俊介に追いつくことはできないと思う。
 挿絵も二人の違いをよく表わしている。俊介の立場から見れば、自分だけでなく周囲へも水をやり、周囲から自分を育ててもらおうとしているように見える。

「(略)自分自身が一流になったら、なんも周りに一流のもん並べんでも済みますやろ。(略)」

 喜久雄のこの考えは、どこか間違っているように思う。自分自身が一流かどうかは、自身で決められるものではない。