朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第16回2017/4/21  第3話 三鷹を取り戻す⑤(第3話 最終回)

あらすじ
 貴志と松下は二人並んで、三鷹と弘前の試合を観始める。松下は、自分が応援している弘前の順位も知らなければ、PKさえはっきりとは分かっていないようだった。それなのに、楽しそうに弘前を応援している。また、一試合だけケーブルテレビで三鷹の試合を観て、その試合に勝った三鷹を強いと言う。
 そんな松下の応援ぶりが、貴志には微笑ましかった。
 試合は、後半に弘前がかろうじて一点入れ、弘前が勝利した。弘前ネプタドーレは、この最終節に勝ったので、二部からの降格を免れた。ところが、松下はそのことさえ知らなかったようで、貴志にすまなそうな様子をした。松下は、試合の後、貴志に自分のことをいろいろと話し、貴志に来シーズンも来ようよ、言った。
 貴志は、スタジアムからの帰り道で、自分は何かを自分自身から取り返したのだということを知った。

感想
 サッカーを好きになるのにも、サッカーについての情報を知らなければならないという強迫観念ようなものがある。
 興味を持ち、その興味を深めていくために、興味の対象についてより知りたいと思うのは当然だと思う。好きになったことについて、調べようと思うと、今は知識とも呼べない断片的な情報が溢れている。その断片的な情報が、実は好きなことをより好きになるのを邪魔しているのではないか、と感じる。
 松下は、サッカーについても、サッカークラブについても、情報を事前に身に付けていない。それだけに、スタジアムで物を食べ、酒を飲んで、彼の地元のクラブを応援することそのものを、楽しんでいる。
 中学生の貴志は、三鷹が地元のクラブであり、好きな選手がいたから応援していた。そういうシンプルな動機を取り戻したのだと思う。
 好きだ、楽しい、という感情は、単純なことから始まるのだ。理由づけや、その対象についてのさまざまな情報は不必要なのだ。自分の足で調べずにインターネットなどから得られる情報と、周囲の評判を取り払うことが、自分を取り戻すことに通じる、と思った。