101~125回 第五章 スター誕生 あらすじ

 第四章から四年近くの歳月が流れ、第五章 スター誕生は、昭和45(1970)年4月の時点になっている。

 喜久雄は、花井東一郎を襲名し、京都南座で端役ながら初舞台(昭和42年喜久雄17歳)を踏んでいた。
 しかし、当時は関西歌舞伎低迷期で、初舞台を踏んだからと言って、部屋子(へやご)の喜久雄はもちろん、御曹司の俊介でさえ、役などつかない状況だった。そこで、半二郎が始めたのが地方巡業である。その地方巡業で、喜久雄と俊介の二人は、「二人道成寺」の主役を演じている。
 その地方巡業の楽屋に、興行会社の社長梅木が突然現れる。梅木は、劇評家の藤川先生が、喜久雄と俊介の「二人道成寺」を激賞しているので、社長自ら観に来たと言う。そして、梅木社長は、二人を褒め、今度の京都南座に二人の「道成寺」をかけると言う。これは、普通では考えられないような大抜擢だった。
 梅木社長に竹野という歌舞伎を悪く言う新入社員が、付いて来ていた。

 地方巡業が終わり、休みをもらった喜久雄は、長崎に久しぶりに帰省する。母を驚かせようと、連絡をせずに帰った喜久雄が目にしたものは実家の変わりようだった。実家だった屋敷は人手に渡り、マツは元の屋敷で女中として働いていた。驚いた喜久雄は、マツを大阪に連れて行こうとする。しかし、マツは、喜久雄が人気役者になる日を女中をしながら待つのが幸せだと言い、元の屋敷で女中を続けると言い張る。
 半二郎は、喜久雄の実家の変化もマツの現状も知っていて、マツからの必死の思いの仕送りの金を貯めていてくれた。その仕送りの貯金二百万近い通帳を、帰省から戻った喜久雄に渡した。

 京都南座での喜久雄と俊介の「二人道成寺」は、予想以上の大成功となる。南座の「二人道成寺」は人気爆発で、まさに世紀のスター誕生劇となった。喜久雄と俊介は、たちまち毎日取材に応じる人気者になった。
 
 そんな人気者の二人の側に、北海道へ行ったはずの徳次が大部屋の一員として稽古に励んでいる。