朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第138回2017/5/22

 興行的な話題性を狙っての喜久雄の起用ではなかった。
 事故に遭った半二郎の代役としては、息子の俊介がふさわしいと、梅木社長も大御所の役者も歌舞伎好きの観客も思ったはずである。それが、まだ大役の経験の少ない俊介であっても、今回は特別に納得されたであろう。
 そして、普通に考えれば、半二郎自身がそう願うはずだ。
 花井の家では、俊介を差し置いてまさか喜久雄が起用されるなど全く予期していなかったことがよく分かる。さらに、喜久雄を代役に指名したのが、半二郎自身だったことが驚きをより大きなものにしている。