朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第140回2017/5/24

 半二郎が、喜久雄に義太夫の稽古をさせたのには、理由が二つあった。
 
 まず一つ目が、一人息子の俊介には、どうも甘えがあって、ライバルでもいなければ稽古に身が入らないので、その相手にしたい旨。そして、もう一つが、まだ海のものとも山のものとも分からないが、どうもその子には生来の役者の資質があるように思える(略)(75回)
 
 喜久雄を預からざるをえなかった時に、半二郎が思っていたことだ。それからの年月で次のことが言える。
 喜久雄に、役者の資質があり、それが花開いたのは半二郎の見込み通りだった。しかし、息子のライバルにするというのは、どうであったか?これは、俊介が、役者としての喜久雄をどう見ているのかにかかっている。それは、まだ明らかになっていない。また、俊介については、芸の上達以外で気がかりなことがある。それは、愛甲会の辻村との繋がりができているらしいことだ。これは、半二郎にとってなんとかしなければならない悩みだと思う。
 一方、喜久雄に対しては、マツの実情を知らせ、仕送りとして預かっていた金を渡している。これは、喜久雄を自分の手元からそろそろ離してもよいとの半二郎の気持ちの表れか?
 半二郎は、代役に喜久雄を指名した本当の理由を誰にも語っていない。そして、喜久雄の父の死の真実も自分の胸に抱えたままだ。