朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第142回2017/5/26

 普段は表面に出ないが、喜久雄と俊介の間には、激しい競争心があるのかもしれない。
 喜久雄が稽古に熱心に取り組んだのは、最初は好きだからという単純な理由からだったと思う。しかし、それだけで並外れた熱心さが持続するはずもない。そこには、歌舞伎役者として圧倒的に優位に立つ俊介に追いつこうとの意識が働いたのではないか。
 一方、俊介にとっては、父半二郎が、自分と喜久雄を同等に扱うことに平静ではいられるはずがない。半二郎が、意図的に喜久雄を俊介のライバルにしようとするなら、俊介の前では喜久雄の芸を褒めていたのかもしれない。 
 「二人道成寺」では、二人揃ってスターになった。それは、今度の舞台ではあり得ないだろう。