朝日新聞夕刊連載小説・津村記久子作・内巻敦子画『ディス・イズ・ザ・ディ 最終節に向かう22人』第18回2017/5/12 眼鏡の町の漂着②

あらすじ
 鯖江SCのホーム開幕戦を香里と一緒に観戦するという約束をしていたのに、何の連絡もなく吉原さんは現れなかった。 その夜から、香里は吉原さんの部屋へ行ってみたのはもちろんのこと、あらゆる手段で連絡を取ろうとするが一向に消息がつかめない。吉原さんが借りている部屋の管理会社にも連絡をしてみたが、管理会社では部屋に異常はないし、部屋の借主とも連絡が取れたと言う。香里が部屋の主と話したいと言うと、それはプライバシーに関することだからと断られる。吉原さんと香里の共通の友人に聞いてもはっきりとしたことは何も分からない。ただ、噂で吉原さんは地元の鯖江に帰ったらしいということだけが分かった。
 それ以来、香里は、鯖江アザレアSCのホームの試合へ一人で足を運ぶようになる。ゴールデンウイークは、香里は鯖江に滞在して、スタジアムに通った。スタジアムでも、鯖江の町の中でも吉原さんについて何の情報も得られない香里は、もう吉原さんには会えないだろうと思い、滞在先のホテルで一人で泣いた。
 その後も香里は、鯖江の試合がある毎にスタジアムに足を運ぶが、吉原さんのことをたずねまわるのはやめた。その代わりに、鯖江でメガネを新しく買ったり、アザレアSCの応援を楽しむようになってきた。

感想
 親しくなった男女であっても、お互いに地元から離れて都会で暮らしていると、どちらからか連絡を絶つとこういうことになるというのが分かる。
 都会で、一人暮らしをしている者同士が親しくなれば、互いの部屋を訪ねるのに制限はないし、互いの動向は携帯で常時つかめる。それなのに、その人の背景や過去はつかみようがない。携帯を中心とした通信手段を絶つと、人と人との繋がりそのものが絶たれてしまう。
 香里も相手の吉原さんも特殊な仕事や事情を抱えているのではなさそうだ。それが、このようにいきなり消えるかのような行動を取るのにはどんな理由があるのだろうか。この小説が、現代の日常を描いているだけに興味を増す。
 
 吉原さんについての情報を得られないことに、ショックを受けた香里が、コンビニの店員の一言に救われた気持ちになった場面にリアリティを感じる。また、いなくなった人捜しからサッカー観戦へと気持ちを変えるきっかけが、チームマスコットとの握手だったことも面白いと思った。現代のいろいろなマスコットやキャラクターブームがすたれないのは、人々がそれを求めることが続いているからなんだ、と改めて思った。