朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第144回2017/5/28

 代役を立てなければならないという時には、あらゆることが半二郎の頭を巡ったのであろう。
①半二郎の役どころであるお初をきっちりと演じられる芸を持った役者。
②代役にした役者と半二郎の今までの関係と、代役を頼んだ後の関係。
③代役に立てた役者の興行的な人気。
④代役に立てた役者と今回の舞台の他の役者との関係。

 ①を考えれば、実績のある役者がふさわしいのであろう。②の条件なら、息子の俊介がふさわしい。③は、結果的には、喜久雄がふさわしかったのかもしれない。④は、いろいろに考えられるが、俊介の場合はその芸を、他の大御所にさんざんに貶される可能性があるのかもしれない。が、逆に、半二郎の息子だからと芸の未熟をなんとか補おうとしてくれるのかもしれない。
 半二郎は、芸の上での優劣はもちろんのことながら、俊介と喜久雄の将来を考えて、今回の代役を選んだのではないか。
 または、他のどんなベテラン役者よりも息子よりも、喜久雄が自分の意図する役どころに近いと判断したのかもしれない。
 いろいろな条件から喜久雄を選んだのか、それとも純粋に芸の力から選んだのか、どちらなのだろう?