朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第147回2017/5/31

 今の喜久雄に、俊介の立場になってみろというのは無理な話だ。しかし、俊介を追い出して、半二郎の跡取りになろうなどという気はなかったはずだ。が、喜久雄の言っていることは、正にそのことになるのではないか。
 
 この『国宝』では、喜久雄の内面を直接描くことがなかったと感じる。
 親の敵討ちをしようと決心した心の内。ひたすらに、稽古に打ち込んでいる年月で思っていたこと。半二郎の代役に指名され、立ち稽古を無事に終えるまでの心理の変化。全てが、読者の想像に任されている。それは、読者の想像を掻き立てるためなのか。
 そうとばかりもいえないような気がしてくる。
 この主人公には、一般的な意味合いでの良い人間関係がない。春江は恋人といえる存在とは違うし、育ての母マツは優しい母とは違うし、徳次は親友などと呼べる存在ではない。
 喜久雄に、青少年に在りがちな喜び、悲しみ、悩み、夢があるように思えない。それは、喜久雄という主人公が極めて特殊な環境にいて、特別な才能を持っているからだ。
 しかし、そうとばかりもいえないような気がしてくる。『国宝』の今までを読み、次のような作者の主張を感じる。
 人の才能を発掘し育てるのは、世間で考えられているような良い家庭と良い学校などではない。