第126~150回 第六章 曽根崎の森の道行 あらすじ

 楽な儲け話があると北海道へ向かった徳次と弁天だったが、その話は全く違っていて、二人は辛い労働をさせられる。騙されたことに気づいた二人は、出発から一月後には北海道の飯場を逃げ出す。無一文の二人だったが、見ず知らずの人たちの恩義に頼りながらどうにか大阪まで辿り着く。
 大阪に戻った徳次は、北海道でもらい損ねた給金を手に入れられないかと大阪の福祉センターに陳情に行く。二人が福祉センターに乗り込んだときに、ちょうどそこではドキュメンタリー映画を撮影していた。たまたま陳情に来た徳次と弁天の話と姿は、このドキュメンタリー映画のフィルムに収められる。この清田監督のドキュメンタリー映画は、テレビでも放映され、反響を呼ぶ。それが、縁となって、清田監督は、徳次を次のリアリズム映画の主役に抜擢する。徳次主演の映画は、全国七カ所で上映される。その後は、徳次に映画俳優の仕事が来ることはなかったが、このことが半二郎の耳に入り、半二郎の計らいで、徳次は、大部屋俳優の一人として雇い入れてもらった。

 大阪で、また一緒になった喜久雄と徳次のところに、半二郎が交通事故に遭ったという知らせが飛び込む。幸い半二郎の怪我は命にかかわるようなものではない。だが、複雑骨折をしているので、次の舞台である大阪中座の『曽根崎心中』には、半二郎の代役を立てなければならない。妻の幸子は、当然息子の俊介が代役に指名されると思っていたが、半二郎は喜久雄を自分の代役に指名する。幸子も俊介も驚き落胆する。俊介は一度は激しく怒るが、父の決めたことと諦め、喜久雄に協力すると言う。
 舞台稽古までの三日三晩寝る間も惜しんで、半二郎の病室で、喜久雄の一心不乱の稽古が続いた。
 実子の俊介がいるのに部屋子の喜久雄が半二郎の代役になったことは、スキャンダルとなり世間の注目を浴びる。
 舞台稽古では、座頭の生田庄左衛門が、代役の花井東一郎(喜久雄)にどんな評価を下すかと、俊介はじめ関係者一同がかたずをのんで見守っている。稽古は、何事もなく進み、休憩に入る。そのときに、庄左衛門が、喜久雄に「初役のわりには、よう入ってるわ。」と声をかける。これは、まぎれもないお褒めの言葉だった。これを聞いた関係者は、口を合わせて喜久雄の芸を褒める。それは、実子の俊介よりは、喜久雄の方が芸が上という評判となってたちまちに広まる。
 中座での公演は、マスコミも大注目し、古い世襲制度を破った素人の子花井東一郎は、時代の寵児と祭り上げられる。この公演中は、俊介は喜久雄との『二人道成寺』を必死に舞い、喜久雄はその後、『曽根崎心中』の「お初」を無我夢中で演じた。
 客は大入り、劇評は絶賛で、中座での公演が終わる。その翌朝、俊介は、置手紙を残して半次郎の邸から消える。
 それ以来、俊介の出奔から数年が流れた。俊介だけが消えたのではなく、春江も姿を消していた。