朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第161回2017/6/15

 洋子の前にも、春江と市駒だけではない女性経験をもつと思われる喜久雄だが、こういう迫り方をされるのは初めてだろう。
 喜久雄は、十七の時の初舞台で次のように感じている。

(略)何よりも舞台に漂っていた香の甘い香りが甦りまして、喜久雄は思わずそばにあったつい立ての裏へ身を隠そうとしたのでございます。と言いますのも、まるで夢のなかで精を放ってしまったような、人目を憚るほどの恍惚感が(略) (103回)

 舞台の香ではないが、香水の香り、そして、下にあるように妙に動揺している描写、これは喜久雄の心理の奥にある何かが姿を現すのではないか。

自分の口調に怒気が混じっていることに喜久雄も気づいてはいるのですが、