朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第163回2017/6/17

 主人公が急に身近な存在になった。

「嘘やろか? 嘘ちゃうよな?」

 半二郎の養子になり、三代目半二郎を襲名したい、そうすればもっといい役もつく。
 本来なら三代目半二郎を襲名するはずの俊介に帰ってきてほしい、そうすれば半二郎も幸子も安心する。
 この二つのどちらが本心で、どちらが嘘なのか、喜久雄自身もわからないのだろう。こんな風に迷う喜久雄に親しみを感じる。

「気休めで言うんやないんです。あの春江が一緒やったら、絶対に俊ぼんを死なせるようなことはしませんから」

 喜久雄が春江のことを、恨んだりせずに、こう思っているところも共感できる。