朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2017/6/19 

 この喜久雄は、人気が出てそれがたちまち下火になった頃であろう。半二郎の代役といいながらも、主役の大舞台を踏んだこともあり、人気が下降気味としても注目されている役者だ。その喜久雄がここまで半二郎の世話をしている。しかも、その世話の様子は、気配りのある細やかなものだと感じる。
 喜久雄には、こういう面がある。常識はないし、女性づきあいは奔放だ。だが、これと決めた人にはとことん従うし、優しい。

 常識があり、倫理観もある人間は、周囲の人のことを思いやり、社会へも貢献する。さらに、自分の仕事で成果を上げる。人間についての見方で、そういう観念をどこかでもってしまっている。でも、そんなことはない。
 人付き合いは悪いが、仕事はできる。仕事はできるが、家族をないがしろにする。ルールは守らないが、人との大切な約束は守る。実生活ではだらしがないが、心根は優しい。むしろ、そういうのが人間なのだろう。