朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第168回2017/6/22 

 幸子の思いは、複雑だ。
①代役が喜久雄だと聞かされたときの幸子は、それを信じられず、半二郎に食ってかかろうとした。(140回)
②俊介が置手紙を残して消えたときの幸子は、茫然自失となった。そして、俊介から連絡がないままの月日は、幸子の顔に皺を、美しい黒髪に白髪を増やした。(150回)
③俊介が出奔してから、幸子は喜久雄に「あの子の気持ち考えたら、アンタのせいやないと分かってても、まともにアンタの顔見られへんねん」と言う。そのこともあって、喜久雄は半二郎の家を出てマンション住まいをするようになった。(153回)
④喜久雄と市駒の二人の間に立って世話を焼いた。また、喜久雄の出演舞台のために初日には劇場入口に立ち、御贔屓筋に挨拶に回った。さらに、一人暮らしを始めた喜久雄の世話の手配をした。俊介が出奔し、喜久雄の顔をまともに見られない、と言った幸子だが、喜久雄のためにこれだけのことをしていた。(160回)
 夫の半二郎は、息子俊介への思いを、幸子に詳しく話すことがない。半二郎は、自分の襲名のことと、丹波屋の跡取りのことで悩んでいる。幸子はそんな半二郎のことを心配し、それ以上に俊介と喜久雄の板挟みになっていると感じる。