朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第172回2017/6/26

 第一章料亭花丸の場の新年会を思い出させる場面だ。長崎の料亭花丸は、喜久雄の亡き父権五郎が勢いの絶頂にあり、そこから奈落の底へ突き落とされた所だった。今回の東洋ホテルは、辻村が場を取り仕切り、その場の主役であるはずの喜久雄をまるで息子のようにぞんざいに扱っている。
 頂上に立つ者は、常にその座を狙われるであろうが、辻村にもかつての権五郎のような悲運が待ち構えているのであろうか。

 三代目半二郎を襲名する喜久雄は、半二郎からの厳しい稽古によって身に付けた芸と俊介との共演であった『二人道成寺』によって、世に知られる役者になった。
 次に、半二郎が交通事故に遭ったことから半二郎の代役をやり、世間に注目されて更に人気を得た。
 さらに、俊介の出奔と半二郎の眼の病によって、半二郎の名を継ぐこととなる。
 いくら、人気の出る出ないは、運に左右されるとしても、このままであれば、全てを半二郎と俊介次第の役者人生になってしまう。歌舞伎役者として、喜久雄なりに壁にぶち当たることや、喜久雄自身の転機がなければ、後世に名を残す役者にはなれないと感じる。