朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第174回2017/6/28

 幸子に、不満を思いっきりぶっつけられた喜久雄は、言い訳は一言もせずに、次のように言っていた。

 「女将さん‥‥‥。よう分かりました。もう、そんなに苦しまんでええですわ。‥‥‥辞退します。旦那はんにも、ちゃんとそう言いますわ」(169回)

 ここには、喜久雄の気持ちがよく表れている。喜久雄は、自分の襲名を望んでいないはずがない。だが、幸子を苦しませることは、なによりも嫌なことだったのであろう。
 喜久雄のこの言葉が、幸子の不満を解消し、覚悟を決めさせた。このやり取り以来、幸子を中心に、「白虎」「半二郎」の同時襲名へ向けて、丹波屋一家は一丸となって襲名披露興行へ向けて取り組んでいる。
 このときに、喜久雄は初めて半二郎と幸子の真の息子になれたと思う。