朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第176回2017/6/30

 『国宝』の主人公喜久雄が、生き生きとした人物として感じられる。
 小説の冒頭から第六章までは、主人公を、ヤクザの親分の息子に生まれ、その後歌舞伎役者の家に引き取られ、歌舞伎役者となって人気を得る、という極めて特異な環境と才能の人物と受け取っていた。特異な成育歴と持って生まれた才能のせいか、常識や倫理観では世間とはかけ離れた感覚の人物と感じられた。
 それが、第七章の後半から、見方が変わってきた。
 半二郎が交通事故に遭い、その代役に指名された時は、病室で寝る間も惜しんで稽古を付けてもらった。俊介が代役となっていたら、これほどの厳しい稽古をやり遂げられたろうか。
 半二郎との同時襲名が決まった時の幸子に対する喜久雄の思いは、174回の感想の通りだ。
 今回では、今までのような半二郎の指導がなくなり、懸命に演技の勉強に取り組んでいる喜久雄が描かれている。
 苦境に立たされ続けながら、自分の道を見つけてひたすらにその道に励む主人公を感じる。