大阪中座で半二郎の代役を勤めた喜久雄が評判となり、その千穐楽に俊介が出奔してから三年が経っている。
 
 俊介がいなくなった当座は、幸子と半二郎は、次のように言っていた。俊介が出奔したのは喜久雄のせいではないとわかっているが、まともにアンタの顔を観られない、と幸子は言う。半二郎は、辛抱できなくて逃げたのは俊介で、喜久雄は悪くない、と喜久雄を庇う。

 中座で大評判となった喜久雄を軸として、大阪道頓堀座で歌舞伎興行をするが、その人気は最初の内だけであった。人気も下火になった喜久雄は、数本の映画にも出演し、そこそこの評価をもらうが、映画の方も大当たりとはならない。喜久雄は、歌舞伎役者としてなんとも中途半端な時期を過ごしている。そんな中途半端は時期の喜久雄が、騒動を二つ起こしている。
 その一つは、半二郎が貯めておいてくれたマツからの仕送りの金で、スポーツカーを買ってしまったことだった。これは、母のマツを大阪見物に連れていくための車を用意したいという気持ちからだったが、金の使い方を間違えているとしか言いようがなかった。
 もう一つは、喜久雄に子供(娘、綾乃、この時二歳になっていた)ができたことだった。喜久雄の子を宿したのは、舞子から芸妓へ上がった市駒だった。市駒が子を生んだのは、喜久雄が代役で大評判となった時期で、結婚はせずに、子の認知だけ済ませてしまった。これは、市駒が結婚に興味を示さず、周囲が喜久雄の人気を考えて勧めたことだった。 中途半端な時期を送っている喜久雄だが、赤城洋子という映画、テレビの売れっ子女優とは、彼女のマンションに泊まる仲になっていた。

 この頃、半二郎と東一郎(喜久雄)の周囲では、半二郎が白虎に、東一郎が三代目半二郎に同時襲名するという話題が出るようになっていた。それは、実子の俊介が出奔してから三年が過ぎてしまったことと、半二郎が緑内障を患い、視力がかなり落ちていることが理由だった。
 喜久雄が手を引かなければ、舞台裏を一人で歩くことさえできなくなっている半二郎は、ある日の舞台袖で、喜久雄に、自分は花井白虎を襲名するから、お前は三代目花井半二郎を継げ、と言う。
 幸子は、俊介のことを考えて、喜久雄に襲名を辞退してくれと頼む。恩のある幸子を苦しめることはできないと喜久雄は、襲名辞退を幸子に約束する。それを、聞いた幸子は、逆に覚悟を決めて、同時襲名へ向けて家族一丸となって取り組む。襲名披露激励会が盛大に行われ、その後、評判の高まる中で、襲名披露興行初日の舞台が幕を開ける。
 舞台上で、大喝采の中、喜久雄の口上が終わる。
 続けての口上の花井白虎が間をおいて、なぜか無念の形相で面を上げた。その口からは大量の鮮血が吐かれた。