朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第182回2017/7/6

 梅木が土下座をせんばかりの頼み方をするということは、喜久雄を鶴若に預けることが、想像以上に難しいことなのだろう。それなのに、鶴若はすんなりと、梅木の頼みを受け入れた。鶴若は、このことを察して喜久雄を呼んでいたような気がする。
 鶴若は、三代目半二郎の芸に厳しい注文をつけていた。これは、意地悪なだけでなく、喜久雄の潜在能力を認めているからなのであろうか?
 もし、そうだとするなら、喜久雄は息子鶴之助にとって極めて邪魔な存在になりかねない。鶴若が、すんなりと喜久雄を預かると言った真意は、何か? 


この三代目の魅力……。正直ね、私にもよく分からんのですよ。ただ、私はね、この喜久雄が不平不満を漏らすところをまだ一度も見たことがない。こいつは滅多に自分の気持ちなんか口にしませんがね、その目がね、いつも真っ直(つ)ぐなんですよ。そういう目を見てますとね、こっちも全力で何かを信じたくなるんでしょうな」

 梅木のこの言葉に頷いてしまう。だが、喜久雄のことをこう感じ始めたのは、つい最近176回感想だ。読者にも、こう感じさせるように小説の構成がなされているのであろう。どうして、喜久雄をこのよう人物と受け取れるようになったのか、ゆっくりと考えてみたい。