朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第202回2017/7/27

 喜久雄のことを一番慕っているのは、徳次だ。その徳次は、誰に頼ることもできずに生き抜いていて、権五郎の組の若頭に拾われた。喜久雄の最初の女性春江の生い立ちは、詳しく語られていないが、中学生の頃から世の中の荒波の中を生きてきている。弁天も、物心着いた頃から自分の力だけで生きている。
 荒風は、人気に溺れて転落した相撲取りかと思っていたが、そうではなかった。
 徳次や春江と出会った時は、喜久雄は親分の坊ちゃんだった。荒風と会った時の喜久雄は、人気爆発の時期は過ぎていたが、まだまだ世間の注目を浴びていた頃だった。
 つまり、喜久雄は、喜久雄自身がどんな境遇にある時でも、「苛(いじ)め抜かれてきた」人に、慕われる資質をもっている。
 これは、芸に対する執着心と共に喜久雄がもつ稀有な資質だと思う。

 荒風の母の喜久雄に感謝する気持ちが、伝わってくる。