朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第215回2017/8/9
 
 喜久雄の心情を次のように想像してみた。
 白虎が亡くなってからは、自分の芸は自分で磨かなければならないと思う。その気持ちから、どんな端役であっても、全力で役を勤めた。さらに、舞台裏から大御所の芸を盗もうと一心に他の役者の芸を研究した。
 また、丹波屋を守り、丹波屋の芸の伝統をいつかは俊介に引き継ごうという意識を持っていた。
 だが、東京の舞台ではその端役にすらつけてもらえずに、地方公演に回される。しかも、その地方公演すらままならない状況になる。
 肝心の歌舞伎の舞台に立てない。たまに声がかかると、苦手な営業のような仕事だ。引き受けた白虎の借金を返済する目途は全く立たない。白虎と半二郎の名跡を守ることなど夢のまた夢だ。
 人気のある頃に遊んだ仲間の荒風と洋子の惨状も目の当たりにした。
 そんな自分を守り、支えてくれるのは、徳次と弁天だけだ。
 だが、やはり不平不満をもらすことはない。気乗りはしないが、この映画の役には、後がない覚悟で臨む。

 喜久雄は、俊介のような御曹司ではない。追い詰められれば追い詰められるほど本領を発揮する。そして、窮地に立つ喜久雄を救う人物も現れる。
 清田監督の喜久雄起用の意図、異様な出演陣、過酷なロケ地で、何かが起こるに違いない。