朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第232回2017/8/5

 市駒がいなければ、喜久雄は塞ぎこんだまま、役者としても潰れていただろう。娘の綾乃がいなければ、市駒の所にいても、もっと長い間閉じこもっていただろう。
 長崎にいた頃の喜久雄は、春江がいなければ、もっと荒んだ気持ちだったろう。
 権五郎とマツも、白虎と幸子の両夫婦も妻がいなければ、夫は成り立っていかなかっただろう。
 最近私が出あった小説や映画やドラマでは、こういう互いを無条件で受け入れ合う男と女の関係を見たことがない。小説やドラマよりも、現実の生活ではもっと見聞きしなくなった。不思議と言えば、不思議なことだ。

 それにしても、喜久雄はかなり長い間、市駒の所にいるようだ。市駒の所にいて、綾乃の相手をしているということは、舞台には立っていないのだろう。
 俊介が見つかり、俊介は再び表に出るのか、そして、喜久雄にどんな動きを起こさせるか?また、期待が膨らむ。