朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第236回2017/8/30

 小野川万菊は、名優として描かれてきた。今回でも、「稀代の立女形」と最大級の形容がされている。
 さらに、今まで物語の転換に大きく関わることがないのに、随所に顔を出している。95回感想 95回感想その2で触れたが、万菊の舞台を観た喜久雄と俊介について、語り手が謎の言葉を残している。また、梅木社長が、白虎亡き後の喜久雄を鶴若ではなく、万菊に預けるつもりだったことも印象に残っている。そして、今回は竹野と一緒の場面が描かれた。その竹野は、俊介の発見者であり、俊介の今後を握る最大の登場人物であろう。
 万菊は、自分の芸を継承させる役者を、求めなければならない気持ちになっているのではあるまいか。

 万菊と同様に、気になる登場人物がいる。それは、清田誠監督だ。清田監督は、徳次を映画の主役に抜擢したというよりも、歌舞伎の世界に戻すきっかけを作っていた。さらに、『太陽のカラヴァッジョ』を発表する以前から世界的な巨匠として描かれている。『太陽のカラヴァッジョ』が受賞したので、映画監督としての評価は、ますます揺るがぬものになっている。その監督の撮影現場での行動は、狙った演技を引き出すために、喜久雄をまるで策略に陥れたように描かれたままだ。
 清田監督が喜久雄の心を傷つけただけの登場人物で終わるようには思えない。
 喜久雄自身は、気づいていないが、『太陽のカラヴァッジョ』の喜久雄の演技は、評価されて当然の価値があり、監督の真の狙いはこれから明らかになるように思う。