朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第261回2017/9/25

 喜久雄は、俊介を追い出そうなどと思ったことはなかった。白虎が倒れてからは、必死で丹波屋を支えようとした。病に伏す白虎を実の父のように感じた。白虎が亡くなってからは、いい役もつかなくなり辛い日々を送りながらも、白虎の借金を返すために、どんな仕事でも引き受けた。また、綾乃のことを世間に隠して、独身のような顔をしたことはなかった。
 俊介は、自分が家を出てからの丹波屋の状態を知りながらも、姿を隠したままだった。父白虎が倒れても見舞いもしなかった。白虎が死んでも、葬儀にも現れなかった。
 春江は、喜久雄に自分の気持ちを全く告げずに、俊介と共に行動した。
 これが、事実だ。(※小説の中の)
 テレビの視聴者は、春江の過去と、春江と喜久雄の過去の事実を知ったら、どう思ったろうか。
 世間のゴシップは、事実などどうでもよいのだ。これは、小説の中だけでなく、現実の社会でも当てはまると思う。