朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第268回2017/10/2

 いったい、俊介は、発見されたことをどう受け取っているのか。
 竹野に感謝している様子はない。かと言って、竹野が画策している復活劇を嫌がっている様子もない。だいたい、竹野が企てていることを知ってはいないのかもしれない。
 万菊が現れた時は、驚いただろうし、万菊には感謝しているだろう。そして、万菊に稽古をつけてもらったことを喜んでいるだろう。だが、万菊との共演で自分の願いが叶ったとは思っていないと感じる。

 歌舞伎の舞台に、願ってもないほどの抜擢で復帰した俊介に、喜びと意欲が感じられない。それどころか、今の俊介に次のような疑いを持ってしまう。
 舞台に復帰する前に、喜久雄に話すべき何かがあるのに、それを話せないでいるのではないか。

 俊介が春江に言っていた客は、竹野ではなかったようだ。