朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第269回2017/10/3

 春江は動揺を隠す。
 幸子は嫌な予感を持つ。
 お勢は「なんや、しょぼくれたお爺(じい)ちゃんですわ」と囁く。
 俊介が戻ってくれて、跡取りの一豊ができ、新宗教から抜け出した。東京で、春江とともに、丹波屋の女将として動き出し、俊介復帰の舞台も評判の内に幕を開けたかに見えた。そんな幸子に暗雲が立ち込めたように感じる。

「せや、二人が家出しとったあいだに知り合(お)うた人やわ」

 この幸子の直感は当たっているに違いない。