朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第270回2017/10/4

 春江、市駒、洋子、喜久雄が好きになった人だ。誰を一番好きか、は野暮な疑問だ。結婚相手、遊び相手、という分け方も喜久雄には通用しない。
 この作品の世界では、本命、二股、不倫相手などという昨今の男女関係の区分けが意味をもたない。好きか嫌いか、共に生活できるかできないか、それの方が重要とされている。
 春江のことは長い間好きだったが、一緒に生活したことはほとんどない。市駒との仲が深まってからも、春江の所へは行っていたろうが、明らかに熱は冷めたようだった。
 市駒に家を持たせてからは、頻繁に通っていたようだが、洋子との仲が深まってからは、市駒への熱も冷めたようだった。
 春江に去られ、洋子に去られ、喜久雄は市駒と娘との暮らしで気力を回復した。

 春江がいなければ、長崎でも大阪でも喜久雄はもっと荒んだ気持ちになっていただろう。洋子がいなければ、人気が陰ってきた時の東京での生活に馴染めなかったろう。市駒と娘がいなければ、『太陽のカラヴァッジョ』の撮影で受けた精神的な痛手から立ち直れなかったろう。

 さて、彰子という人とは、どんな関係に。