朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第281回2017/10/16

 次々に主演として舞台に上がり、人気も上々だ。別に好感度を求めてはいないので、陰のあるイメージも邪魔になるどころか、かえって好都合だろう。
 新派ではあるが、舞台上で役者として恍惚感さえ味わっている。
 そんな喜久雄がこれ以上求めるものがあるのか。
 いい役もつかず、千五郎の後ろ盾も得られず、徳次に愛想尽かしをされそうになった時と比べるならば、新派で観客を魅了する今の喜久雄は、なんの不満もないはずだ。


 喜久雄の運命が好転していくストーリーは、かいつまんで書かれているに過ぎない。
 俊介の復活後のストーリーは、ほとんど書かれてさえいない。
 この二人、歌舞伎と新派でそれぞれ活躍できるようになったが、二人ともが現状に満足はしていないと思う。