朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第289回2017/10/24

 深い霧がゆっくりと晴れるように、春江の気持ちがみえてくる。
 それと同時に、家を出た俊介の気持ちもわかってくる。喜久雄への憎しみや父への恨みは、今回まででは感じられない。
 それならば、なぜに家を出たか。
 父のこと、母のこと、家のこと、喜久雄のこと、それらをじっくりと考えたなら、すべてを捨てて家を出ることなどできなかったであろう。「本物の役者になりたい。」「全部自分でやってみたい」そんなことだけだったから、親を捨て、友の女を奪って、姿を隠すことができのだろう。