その一
 俊介と春江がつけた名は「豊生(とよき)」だが、今は「一豊(かずとよ)」。

「数字の『一』に、お義父(とう)さんの名前からもろうた『豊』で『一豊』」(244回)

 喜久雄の問いに、春江が答えていた。
 『生』が『一』に変わったのは、なぜか。せっかく、孫を連れて会いに行ったのに、父に拒否された。それだけでは終わらなかったのであろう。今後明らかになる俊介と父とのことに、この名前の変化が関わるような気がする。

その二
①俊介の出奔。
②俊介と春江が大阪を離れてから、そろそろ一年になるころ春江が身ごもる。(292回)
③家出からほぼ一年半後に、俊介と春江と豊生が、父、二代目半二郎と会う。(今回、293回)
④二代目半二郎と喜久雄の同時襲名は、俊介出奔から三年になるころ。(163回)
 ③と④の間には、一年半ほどの月日があるのではないか。
 
 二代目半二郎は、自分の目が見えるうちに俊介が出て来るとは思えないので、喜久雄との同時襲名を決めたと思っていた。しかし、実は、俊介が近くにいることも、子を連れて許しを請いに来たことも知っていたのだ。
 なぜだろう。すべて、芸のためか。それほど、喜久雄の芸が俊介に勝っていたのか。