朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第297回2017/11/1

 喜久雄は白虎との同時襲名をして、部屋子の歌舞伎役者としてこの上ないような幸運の中にいた。
 だが、白虎が死に、状況は一変した。後ろ盾になるはずの鶴若にいじめられ、端役しかもらえなくなった。白虎の借金を背負ったこともあり、地方巡業に出された。地方巡業では、舞台以外のことをやらされ、悔しい思いをさせられていた。
 映画『太陽のカラヴァッジョ』の撮影では、言うに言われぬ屈辱を受けていた。

 俊介は、なんの苦労もなく、御曹司として育ってきた。喜久雄と二人、若手役者として大注目を浴びた。
 事故に遭った二代目半二郎が、自分の代役として実子の俊介ではなく部屋子の喜久雄を指名した。これによって、俊介は周囲から手のひらを返したような冷たい扱いを受けた。
 失望して、家を出て、今までに経験をしたことのない惨めな思いをしてきた。だが、その出奔中の生活で、歌舞伎を学び直すことで充実感を得ていた。そのさなか、我が子を己が手に抱きながら、死なせてしまう。

 辛さ、悲しさ、悔しさ、を感じる。