朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第298回2017/11/2

「豊生、がんばりや、豊生、がんばりや」(297回)

 この必死の気持ち、子への愛情は疑いようがない。
 豊生の死を悔やむ俊介の心情は、痛いほどわかる。そうであるだけに、家を出で一年半後に豊生を連れて、父に謝りに行った俊介は「俊ぼん」のままだったと感じる。
 だいたいが、家を飛び出した時の俊介の決意も見当外れのものだった。

略)自ら家を飛び出した俊介ながら、その心のどこかには、一、二年ほど修行したあと元の鞘に収まろうと考えていた節があったようで、この場合の修行と言いますのは、とにかくぼんぼん育ちの自分に足りないものは、いわゆる地に足つけた生活だと思い込んでいたらしく、(略)(291回)

 
この程度の気持ちで、喜久雄を裏切り、父と母を苦しめていたのだ。

 まだ若く未熟な父親は八つ当たりし、豊生の冷たくなった小さな体を、いつまでも抱き続けていたのでございます。(今回 298回)

 
この時点では、俊介はまさに「まだ若く未熟な父親」でしかなかった。