朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第300回2017/11/4

 竹野は、大衆の好みを知り尽くして、俊介の復活を演出した。
 私は、竹野が考える大衆が飛びつきそうなことを考えていた。
 俊介は、喜久雄のせいで出奔したし、喜久雄に三代目半二郎の名を奪われた。喜久雄は、俊介が復活したせいで、世間から悪人と見られるようになったし、新派へ移るしかなかった。だから、二人は憎み合っているだろうし、競い合っているだろう。
 ところが、俊介が喜久雄を恨んでいる場面はない。また、喜久雄が俊介を憎んでいる場面もない。
 私は、表面の条件から、喜久雄と俊介とが互いを憎み合って、互いを蹴落とそうとしていると勝手に思い込んでいた。 
 こういう型にとらわれたものの考え方が、偏見を生むと知らされた気分だ。