朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第304回2017/11/8 

 子どものころは、学校へ行き、家に帰る。学校は休祭日があり、長期の休みもある。家以外の遊び場があり、遊び仲間もいる。
 大人になってからは、職場に行き、家に帰る。職場以外の活動場所と同僚以外の知り合いもいる。
 職場と家が同じ人や、農業のように一年中休みのない仕事をしている人を知っているが、数は少ない。
 
 役者の一日というのを、はじめて知らされた。
 「堅気とヤクザの違い」(290回)と語り手が説明していたが、今回で納得できた。私は、堅気だ(と思う)から、極めて「きちんと手を抜くことができる」。職場で嫌なことがあれば、家庭に逃げ込むし、家庭に飽きれば、職場に長くいる。仕事をしていても、家族といても、いちばん熱心なのは趣味でやっていることだったりする。

 喜久雄には、そんなところは全くない。楽屋が家族も含めた生活の場であり、楽屋に直結する舞台では役になりきるのだ。

(略)堅気とヤクザの違いと申しますのは、世間のイメージと少し違うところがございまして、真面目なイメージの堅気のほうが、実は要所要所できちんと手を抜くことができるのでございます。一方、堅気でない人間は、それができませんから、結果、何をやっても自滅するのでございます。(290回)