朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第308回2017/11/12

 喜久雄の実父を殺し、まんまと父の立花組を乗っ取ったのは辻村だ。喜久雄を長崎から追い出したのは辻村だ。
 喜久雄を預かってくれるように、二代目半二郎に頼んだのは辻村だ。喜久雄が三代目半二郎を襲名する時に世話をし、白虎亡き後の喜久雄に金の援助をしたのは辻村だ。特に、白虎亡き後、俊介はいないし、歌舞伎の世界では誰も喜久雄に救いの手を差し伸べてくれなかった。唯一、心配してくれた梅木社長のしてくれたことはかえって仇となった。

 その恩に報いようとするのは、いかにも喜久雄らしい。

 喜久雄は、騙されているといえば、騙されている。
 生きていく限り、騙されることはあると思う。相手が、騙そうと思っていなくても、こっちが勝手に自分に都合よく受け取ってしまうことも多い。
 逆に、相手の真心を誤解していることも多い。

 喜久雄は、新派で、絶大な人気を得ても、梅若や吾妻千五郎を見下すような気持ちを持たない。春江や徳次や弁天に、昔通りの接し方をしている。


 徳次もいいが、喜久雄もいいなあ。