朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第308回2017/11/14

 徳次は、ある面では喜久雄よりも浮き沈みが激しい。浮浪児から、ヤクザの部屋住み、鑑別所入り、鑑別所脱走、歌舞伎役者の家の手代見習い、北海道行き、北海道のタコ部屋から脱走、ドキュメンタリー映画に出演、映画に主演、歌舞伎の大部屋役者、そして、喜久雄の付き人、ざっと振り返っても、こうなる。
 喜久雄の役者としての浮き沈みは、徳次自身の浮き沈みでもあった。喜久雄に人気があるうちは、徳次もいい思いをしている。だが、喜久雄に媚びてはいなかった。喜久雄がどん底だった時も、人気があった時と同じように、喜久雄から離れなかった。
 喜久雄と共にいることによって、春江、俊介、弁天、市駒、綾乃とつながりができた。視点を変えるならば、喜久雄は、徳次がいたから、それぞれの人との関係を続けられたとも言える。

 私は、人の縁ということを自分のこととして、改めて考えたことはなかった。でも、人と人との間には確かに縁というものがあると思わせられる。