①親分権五郎が死に、喜久雄は坊ちゃんでもなんでもなくなった。おまけに立花組は、すっかり落ち目になった。
②喜久雄は、歌舞伎の稽古に熱中していたが、役者として舞台に立てるかどうかもまったくわからなかった。
③二人道成寺で人気を得た喜久雄だが、すぐにその人気にも陰りが見えた。
④二代目半二郎が亡くなって、喜久雄は人気でも金銭面でもまったくいい所はなかった。

 喜久雄が坊ちゃんだったとき、喜久雄に人気があったとき、そして、新派のスターである今、徳次はいい思いをしている。だが、秤にかければ落ち目のときが長い。それなのに、喜久雄のそばを去ろうとしたのは、北海道行き一度きりだ。


「……なんや、あんたのこと気に入ったわ。あんたの忠義心か親心かしらんけど、それに免じて、あの娘のことは諦めたる。指つめて帰ったらええ」

 徳次の心には、喜久雄への「忠義心」と綾乃への「親心」がある。もちろん、忠義心も親心も無償のものだ。
 そんな江戸時代の遺物が昭和に残ったと考えるのは理屈に合わない。理屈には合わないが、そこに、憧れと美しさを感じる。