朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第317回2017/11/22

 不思議と辻村へは、嫌悪感が湧かない。辻村は、裏切り者で、喜久雄を騙し続けている。また、二代目半二郎にも、苦しみを与えていた。
 その反面では、興行で二代目半二郎と喜久雄を助けていた。喜久雄へは、人気がある時だけでなく、落ち目の時にも金の面で援助した。
 辻村は、権五郎と同じように、極道の世界を自分の力で生き抜いてきたのであろう。そして、その自力で這い上がってきた辻村が、日本のエスタブリッシュメント一族の世襲者とつながりのある広域組織の星野組に潰されそうになっている。
 こういうところがあるので、辻村を憎悪する気持ちが弱まるのであろう。作者の筆致からも、辻村を、戦後の混乱期を生きた男の一典型として描いていることが感じられる。