朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第321回2017/11/25

 物語の全体構造が覆っていく。

 喜久雄の生活は、昭和のことでありながら、まるで、時代が違うような印象があった。
 中学校で人を襲ったのに、何事もなかったように扱われた。背中の彫り物が問題となったのは、高校でだけだった。舞台のことだけを考えて生活してくることができた。
 春江を大阪に呼んでおきながら、市駒との間に子をもうけた。市駒がいながら、赤城洋子のマンションに入り浸っていた。市駒と綾乃のおかげで立ち直ったのに、彰子を利用しようとした。
 役者ならこのような女性関係は驚くに当たらないこととして、物語は進んでいた。
 喜久雄はもちろん、徳次、春江、俊介、主要な登場人物は、運命に操られているとして描かれていた。
 それが、辻村の生い立ちと逮捕のことから、急激に昭和の現実と昭和に生きた人間の生活が表れてくる。
 綾乃の転落は、現実に沿っている。綾乃の叫びは、喜久雄の奔放で無責任な女性関係のつけである。

 歌舞伎役者が、昭和といえども特異な環境にいることは分かる。だが、歌舞伎役者として稀な才能を持っていたとしても、一般社会との軋轢は生じる。そして、妥協を重ねながら、時代風潮と一般社会に折り合いをつけなければならないはずだ。
 そこが、これからどう描かれていくか、楽しみだ。

 徳次は、組事務所での件を、市駒にも綾乃にも話していないのではないかと思う。徳次は、これからどうやって綾乃を救おうとするのか、徳次の綾乃への親心といえるものが、前回の時以上に試されることになると思う。