朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第328回2017/12/3

 今から二十年もまえ、山陰の芝居小屋で私が初めて見た二人の少年たちは、それぞれの仕方で必死に歌舞伎に食らいつき、今やその歌舞伎に取り憑(つ)かれてしまった、と。

 
素敵な誉め言葉だ。
 この高い評価を受けるまでの「二人の少年たち」の十六年は、凄まじい。
喜久雄
①襲名後、鶴若から苛め抜かれる。
②映画出演で極限まで追いつめられる。
③俊介の復活後は、スキャンダルで悪役にされる。
④鷺娘のパリ公演で大好評を得るが、辻村の件で窮地に陥る。
⑤娘の綾乃から徹底的に恨まれる。

俊介
①父の代役をできなかったことで、評判を落とす。
②家を出て、苦しい生活を送る。
③父から戻ることを許されなかった上に、長男を失い、荒みきった生活を送る。

 こういう辛さの極限が、二人を、芸の高みへ導いたというのであろうか。