朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第329回2017/12/4
 
 俊介の言葉の通り、「奥さん」の位置に春江が安住するとは思えない。喜久雄と俊介に役者としての基礎を叩きこんだは、二代目半二郎だった。そして、役者として成長する二人を支えたのが、春江だ。
 市駒と彰子の存在は大きいが、綾乃を救っているのは、徳次と春江だ。綾乃があのまま身を持ち崩していけば、今の喜久雄の活躍はなかったはずだ。
 春江の生まれも生い立ちも分からない。母親がいることと、長崎で刺青の痛みに耐えている十五の彼女の思いしか明かされていない。

「負けるもんか。誰にも負けるもんか」(289回)

 
春江のこの思いには、きっと尋常ではない何かがあるはずだ。