朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第345回2017/12/21

 『阿古屋』の幕を上げるには、共演者の手配から、会場の確保まで、さまざまな制約があるに違いない。それなのに、胡弓の師匠の許しがなければ、舞台に立てないなんて普通なら考えられない。しかし、「命かけてお教えしましょう」と言われたからには、従わざるを得ないか。

 同時襲名と聞くと、周囲の人たちも俊介自身も、父と喜久雄の同時襲名を思い出さざるを得ないだろう。しかも、父が襲名披露の舞台で倒れたのを、俊介が自身のせいと考えてもおかしくない。さらに、一豊の襲名の折りには、死なせてしまった長男、豊生を思い起こすであろう。

 喜久雄も俊介も、次の高みに至るには、大きな痛みに堪えなければならないと感じる。