朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第349回2017/12/25

 歌舞伎役者として、舞台で活躍することを夢見て、丹波屋に弟子入りした。役者としては、大部屋を抜け出すことはできなかったが、その性格の陽気さと気働きが利くことを買われて、付き人兼番頭として二代目半二郎に可愛がられた。俊介が生まれてからは、まるで乳母のように俊介の面倒を見た。
 その俊介が出奔し、さらに、二代目半二郎、白虎が亡くなり、丹波屋は落ち目になるが、丹波屋に残り続けて幸子に仕えた。長く苦しい時を過ごしたが、俊介が戻り、歌舞伎の舞台に見事に復活し、それがなによりもうれしかった。その上、俊介の子、一豊も初舞台を踏むようになり、俊介の幼い頃と同じように、一豊の面倒を見るのが生きがいとなった。
 七十を越え、体力はなくなったが、俊介の工夫を凝らした舞台の後見を勤められるのが心底うれしい。

 源吉の今までと、今の気持ちをこのように感じる。
 彼の性格から出た行動であろうが、大阪に着いたばかりの喜久雄と徳次に、源吉は、中華そばをごちそうした。喜久雄と徳次は、一生涯、あの時の味を忘れないと思う。