朝日新聞連載小説『国宝』吉田修一・作 束妹・画第回2018/1/3

 春江の強みは、どんな人の気持ちをもつかめるところだと思う。
 俊介のご贔屓筋で祇園での遊びも心得た実業家、一豊の学校の母親たち、丹波屋の弟子と使用人、それぞれに接し方があるし、言葉も態度も変えなければならない。それを、難なくこなすことができるのが、春江の特徴だ。その特徴は、水商売で発揮され、歌舞伎の家の女将の役目で、ますます磨きがかかったと思う。
 春江の弱みは、彼女の生い立ちにあると思う。
 いかに彼女が苦労人でも、長崎でやっていたことは隠し通したいに違いない。また、長崎にいるはずの母親に会いに行ったり、大阪へ呼んだりもしていないようだ。母親への接し方は、喜久雄とは大きな違いだ。
 そして、今回の「育ての親」なる松野への態度は、使用人に対しても決して冷たい態度を取らない春江にしては、きわめて珍しいことだと感じる。